「M&Aが成立した後、買収先の経理業務をどこから確認すればよいのだろうか。」
「親会社と子会社で会計ソフトや業務手順が異なるが、すぐに統一すべきなのだろうか。」
M&Aの成立後は、経営方針や組織だけでなく、経理業務についても統合や調整が必要です。
買収先では、それまで使用してきた会計ソフト、勘定科目、請求書の発行方法、経費精算、支払手順、月次決算の締切などが運用されています。
これらを十分に確認しないまま親会社の方法へ変更すると、請求や支払が止まる、必要な資料が見つからない、月次決算が遅れるといった問題が起こる可能性があります。
一方で、従来の方法をそのまま残すだけでは、親会社が子会社の数字を確認できず、担当者に業務が集中するおそれがあります。
M&A後の経理統合で重要なのは、すべての業務を一度に統一することではありません。
まず日常業務を止めない状態を維持し、そのうえで数字を確認できる仕組み、業務ルール、役割分担を段階的に整えることが大切です。
本記事では、主に株式取得などにより買収先が子会社となり、親会社が買収先の日常経理と月次報告を整えるケースを想定しています。事業譲渡、合併、会社分割などでは、必要となる対応が異なる場合があります。
この記事では、M&A成立後に確認したい経理業務と、日常経理を整える7つのポイントを解説します。
資金調達、IPO準備、子会社の増加なども含めて、成長企業に必要な経理体制を確認したい方は、以下の記事をご覧ください。
合わせて読みたい:成長企業の経理体制|資金調達・IPO準備・子会社の増加に対応する方法
M&A後の経理統合とは
M&A成立後に行われる統合に向けた取り組みは、一般にPMI(Post Merger Integration)と呼ばれます。
中小企業庁は、PMIを、M&A成立後に行われる統合に向けた作業であり、M&Aの目的を実現させ、統合の効果を最大化するために必要なプロセスと説明しています。
M&A後の経理統合は、PMIのうち、日常経理、月次決算、財務報告、証憑管理、承認などの会計・財務機能を整える取り組みです。人事、法務、IT、事業運営などを含むPMI全体とは区別して考えます。
具体的には、次のような項目を確認します。
- 請求書の発行方法
- 売掛金の入金確認
- 仕入先への支払
- 経費精算
- 証憑の保存
- 仕訳入力
- 勘定科目の使い方
- 月次決算の締切
- 預金や債権債務の残高確認
- 会計ソフトや周辺システム
- 作業、確認、承認の担当者
- 親会社へ提出する月次資料
経理統合の目的は、単に親会社と子会社で同じ会計ソフトや勘定科目を使うことではありません。
日常業務を継続しながら、子会社の数字を正確かつ継続的に把握し、必要な情報を親会社へ報告できる状態をつくることが目的です。
M&A成立直後にすべてを統一しない
M&Aが成立すると、親会社の業務ルールやシステムへ早く統一したくなることがあります。
しかし、買収先の経理業務には、取引先との契約、請求条件、従業員の精算方法、銀行の振込手順などが関係しています。
十分な確認をせずに変更すると、次のような問題が起こる可能性があります。
- 請求書の発行が遅れる
- 入金の消込方法が分からなくなる
- 仕入先への支払が漏れる
- 従業員の経費精算が止まる
- 過去の証憑を確認できない
- 会計データの移行で残高が合わなくなる
- 親会社と子会社の担当者で認識がずれる
最初に行うべきことは、既存の方法を否定することではなく、現在どのように業務が行われているかを把握することです。
業務を次の3つに分けて考えると、優先順位をつけやすくなります。
| 区分 | 対応の考え方 |
|---|---|
| すぐに維持する業務 | 請求、入金確認、支払、給与、経費精算など |
| 早めに改善する業務 | 月次締切、残高確認、証憑保存、承認手順など |
| 時間をかけて統一する業務 | 会計システム、勘定科目体系、規程、管理資料など |
支払や請求など、止めると事業へ直接影響する業務を優先し、その後に月次決算やルールの統一を進めます。
M&A後の経理統合で整えたい7つのポイント
1.現在の経理業務を一覧にする
最初に、買収先で行われている経理業務を一覧にします。
業務名だけでなく、次の情報も確認します。
- 誰が担当しているか
- いつ行っているか
- 何をもとに処理しているか
- どのシステムを使っているか
- 誰が確認・承認しているか
- 完成した資料を誰へ渡しているか
- 担当者が不在の場合に代替できるか
例えば、「請求書発行」という業務でも、営業担当者が作成する会社、経理が作成する会社、販売管理システムから自動発行する会社があります。
同じ業務名でも、実際の流れは会社ごとに異なります。
業務一覧を作る際は、担当者への聞き取りだけでなく、実際に使用しているファイル、システム、メール、保存フォルダなども確認します。
2.月次決算の締切と報告日を決める
親会社が子会社の業績を把握するには、毎月の数字が一定の時期までに完成する必要があります。
まず、現在の月次決算がいつ完成しているかを確認します。
そのうえで、親会社への報告日から逆算し、次の期限を設定します。
- 売上の確定日
- 請求書の発行日
- 経費申請の期限
- 仕入先からの請求書回収期限
- 不明取引への回答期限
- 仕訳入力の完了日
- 残高確認日
- 子会社内の承認日
- 親会社への報告日
親会社だけで締切を決めても、子会社の現場が対応できなければ継続しません。
現行の業務量や取引条件を確認し、段階的に締切を早める方法も検討します。
3.勘定科目と管理項目の対応関係を整理する
親会社と買収先で、同じ取引に異なる勘定科目を使用していることがあります。
例えば、買収先では一つの勘定科目にまとめている費用を、親会社では広告宣伝費、販売促進費、支払手数料などに分けている場合があります。
すぐに勘定科目を統一できない場合は、まず両社の対応関係を整理します。
| 買収先の勘定科目 | 親会社で対応する科目 | 確認事項 |
|---|---|---|
| 販売費 | 広告宣伝費・販売促進費 | 内容に応じて区分する |
| 業務委託費 | 外注費・支払手数料 | 契約内容を確認する |
| 雑費 | 複数科目 | 内訳を確認する |
| 売上高 | 商品売上・サービス売上 | 事業別に区分する |
部門、店舗、事業、プロジェクトなどの管理項目も確認します。
ただし、親会社の管理項目をすべて買収先へ導入すると、入力負担が急に増える可能性があります。
経営管理や将来の報告に必要な項目から優先して整えます。
M&A後の日常経理が安定したら、勘定科目だけでなく、月次決算の締切、証憑管理、承認方法などについて、グループ全体の経理ルールを整理します。
グループで共通化する項目と各社に残す項目の分け方、ルールを導入する手順については、以下の記事で詳しく解説しています。
合わせて読みたい:グループ会社の経理ルールを統一する方法|共通化したい7項目と導入手順
4.貸借対照表の残高を確認する
M&A後の経理統合では、損益計算書だけでなく、貸借対照表の残高確認が重要です。
残高確認を始める際は、取得日や経理統合の開始日など、確認の基準日を決めます。基準日時点の残高を明細と照合し、それ以前から存在する不明残高と、買収後に発生した通常取引を区分して管理します。
特に次の項目を確認します。
- 預金
- 売掛金
- 買掛金
- 未払金
- 前払費用
- 仮払金
- 立替金
- 固定資産
- 借入金
- 預り金
預金残高は銀行明細と一致しているか、売掛金には入金済みのものが残っていないか、買掛金や未払金には支払済みの取引が含まれていないかを確認します。
長期間動いていない残高については、発生時期、相手先、内容、今後の処理方針を整理します。
基準日以前から存在する残高、買収後に発生した差額、統合過程で行った修正を区分することで、どの時点で問題が生じたのかを確認しやすくなります。
M&A前から存在する差額や不明残高を、買収後の通常取引と混在させないことが大切です。
不明な項目は一覧にし、判明した内容と修正履歴を残します。
5.証憑と会計データの保存場所を整理する
買収先では、請求書や領収書が紙、メール、共有フォルダ、個人のパソコンなどに分散している場合があります。
経理統合では、次の内容を確認します。
- 紙の原本を保管している場所
- PDFや画像の保存先
- メールで届く請求書の回収方法
- 契約書の管理部署
- 会計データのバックアップ
- 過去資料の保存期間
- 誰が資料へアクセスできるか
すぐに保存方法を統一できない場合でも、「どの資料がどこにあるか」を一覧にします。
親会社が必要な資料を確認できるよう、アクセス権限と依頼方法も決めます。
特定の担当者しか保存場所や検索方法を知らない場合は、手順を文書化します。
経理業務を担当者の経験だけに依存させないための進め方については、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:経理の属人化を解消する方法
6.支払・経費精算・承認の流れを明確にする
M&A後は、買収先の経営者や役員の権限が変わることがあります。
そのため、従来の承認方法をそのまま続けてよいか確認します。
特に次の項目を整理します。
- 誰が支払申請を行うか
- 誰が取引内容を確認するか
- 金額ごとの承認者
- 新規取引先の登録方法
- 振込データを作成する人
- 振込を承認・実行する人
- 経費申請の承認者
- 緊急支払の手順
- 承認者が不在の場合の対応
支払データの作成者と、最終的な承認・実行者は可能な範囲で分けます。
親会社がすべての支払を承認する運用に変更すると、承認が滞る場合があります。
金額、取引内容、相手先などに応じて、子会社で承認できる範囲と、親会社の承認が必要な範囲を決めます。
7.統合課題を一覧にして優先順位を決める
経理統合では、会計ソフト、証憑保存、勘定科目、承認、月次決算など、複数の課題が同時に見つかります。
すべてを一度に解決しようとせず、課題管理表を作成します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 課題 | 何が問題になっているか |
| 影響 | 請求、支払、月次決算などへの影響 |
| 優先度 | 高・中・低 |
| 対応方法 | 何を変更・確認するか |
| 担当者 | 親会社・子会社・外部支援者の誰か |
| 期限 | いつまでに対応するか |
| 状況 | 未着手・対応中・完了 |
| 記録 | 判断内容や修正履歴 |
優先度は、金額の大きさだけでなく、日常業務が止まる可能性、月次決算への影響、不正や誤りのリスクなども考慮します。
例えば、会計ソフトの統一よりも、翌月の支払担当者を決める方が優先される場合があります。
統合課題を整理する際は、買収先の現在の業務だけでなく、今後の事業拡大や組織化に対応できる経理体制も考える必要があります。
創業期から組織化期まで、会社の成長段階に応じて必要となる経理業務と役割分担については、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:スタートアップの経理体制|成長段階別に必要な業務と役割分担
M&A後の経理統合で社内外の役割を分ける
経理統合は、親会社や買収先の担当者だけで進める必要はありません。
ただし、すべてを外部へ任せることもできません。
| 担当 | 主な役割 |
|---|---|
| 親会社 | 報告内容、承認範囲、経理統合の方針を決める |
| 買収先・子会社 | 現行業務を説明し、取引内容を確認する |
| 経理代行 | 業務一覧、記帳、残高確認、月次運用などを支援する |
| 税理士 | 税務処理、申告、税務上の論点を確認する |
| 公認会計士等 | 専門的な会計判断や財務報告上の論点を整理する |
| PMI支援者 | 統合計画、課題管理、部門間の調整を支援する |
| 弁護士・社労士・IT等の専門家 | 法務、人事労務、システムなど各専門領域を支援する |
親会社は、どの数字をいつまでに把握したいか、どの業務を統一するかを決めます。
買収先は、現行業務、取引条件、過去の経緯などを説明します。
外部支援者は、経理業務の可視化や実務の運用を支援できますが、統合方針や重要な判断は会社側が行います。
M&A後の経理統合を進めた後も、買収先が子会社として事業を継続する場合は、日常経理について親会社が管理する業務と、子会社が担当する業務を決める必要があります。
本社と子会社の具体的な役割分担については、以下の記事で詳しく解説しています。
合わせて読みたい:子会社が増えた会社の経理体制|本社と子会社の役割分担
また、経理統合以外の法務、人事労務、IT、事業運営などについては、各領域の責任者や専門家と連携してPMI全体を進める必要があります。
採用、外注、経理代行をどのように組み合わせるかについては、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:中小企業の経理体制の作り方|採用・外注・経理代行の選び方
経理代行へ依頼できる一般的な業務内容については、以下の記事をご覧ください。
合わせて読みたい:経理代行とは?業務内容・導入の流れを解説
会計システムはいつ統一すべきか
M&A成立後、親会社と買収先が異なる会計ソフトを使用している場合があります。
会計システムを統一すると、データの集計や管理を行いやすくなる可能性があります。
一方で、短期間で移行すると、次のような負担が発生します。
- 期首残高や取引データの移行
- 勘定科目や補助科目の設定
- 取引先マスターの登録
- 銀行口座やカードの再連携
- 請求・経費システムとの接続
- 操作方法の研修
- 移行前後の残高照合
- 過去データの閲覧方法の確保
システム統一の時期は、月次決算や決算期への影響も考慮して決めます。
すぐに統一しない場合は、買収先の会計データをどの形式で親会社へ提出するかを決めます。
例えば、試算表、総勘定元帳、残高明細、部門別損益など、毎月提出する資料と期限を設定します。
システムを同じにすること自体を目的にせず、必要な数字を正確かつ継続的に確認できるかで判断します。
M&A後の経理統合で起こりやすい5つの失敗
現行業務を確認せず親会社のルールへ変更する
買収先の取引条件や業務量を確認せずに親会社のルールを適用すると、現場で運用できない可能性があります。
まず現在の流れを把握し、維持する業務と変更する業務を分けます。
買収先の経理担当者だけに任せる
既存担当者は重要な情報を持っていますが、一人だけに統合作業を任せると、通常業務と統合作業が集中します。
親会社の責任者を決め、外部支援も含めて役割を分けます。
システム移行を急ぎすぎる
会計データやマスター設定を十分に確認せずに移行すると、残高差異や過去データの欠落が生じる可能性があります。
移行前後の照合方法を決め、旧システムの閲覧環境も確保します。
損益だけを確認して貸借対照表を確認しない
売上や利益が把握できても、売掛金、未払金、仮払金などの残高が正しくなければ、実際の財務状況を判断しにくくなります。
月次損益とあわせて、主要な残高を確認します。
統合の完了条件が決まっていない
課題を見つけるだけで、どの状態になれば対応完了なのか決まっていないと、統合作業が長期化します。
例えば、
- 月次決算を所定の日までに完了できる
- 主要な残高を明細と照合できる
- 支払の作成者と承認者が分かれている
- 証憑の保存場所が決まっている
- 親会社へ必要な資料を提出できる
など、項目ごとに完了条件を決めます。
公認会計士の視点|統一より先に数字を説明できる状態をつくる
M&A後の経理統合では、親会社と買収先の勘定科目やシステムを同じにすることに意識が向きやすくなります。
しかし、形式をそろえただけでは、買収先の数字を正しく把握できるとは限りません。
まず優先したいのは、
- 取引の根拠資料がある
- 預金や債権債務の残高を確認できる
- 月次決算の締切が決まっている
- 不明な残高や未処理事項が一覧になっている
- 重要な取引を会社側が説明できる
- 作業、確認、承認の担当者が決まっている
という状態です。
数字を確認・説明できる土台をつくったうえで、勘定科目、システム、規程などを段階的に統一します。
親会社の方法へ早く合わせることより、日常業務を止めず、正確な数字を継続的に作れる状態を維持することが重要です。
よくある質問
Q1. M&A成立後、会計ソフトはすぐに統一すべきですか?
必ずしもすぐに統一する必要はありません。
データ移行、マスター設定、周辺システムとの連携、担当者への研修などを確認したうえで時期を決めます。
統一までの間は、親会社へ提出する月次資料、形式、期限を決めます。
Q2. 買収先の勘定科目はすべて親会社と同じにする必要がありますか?
将来的に統一する場合でも、成立直後からすべてを変更する必要があるとは限りません。
まず両社の勘定科目の対応関係を整理し、親会社が必要とする管理情報を作成できる状態にします。
Q3. 経理担当者が買収先に一人しかいない場合はどうすればよいですか?
担当者だけに通常業務と統合作業を集中させないことが重要です。
親会社側の責任者を決め、業務一覧や手順を作成し、必要に応じて経理代行などの外部支援を組み合わせます。
Q4. M&A前から残っている不明な残高はどう処理しますか?
内容を確認せずに消去するのではなく、発生時期、相手先、根拠資料、回収・支払の可能性を調べます。
取得日や経理統合の開始日などの基準日を決め、基準日以前から存在する残高と、買収後に発生した差額を区分して管理します。
専門的な会計・税務判断が必要な場合は、公認会計士や税理士へ確認します。
Q5. 経理統合はどの程度で完了しますか?
必要な期間は、会社の規模、取引件数、システム、経理担当者の人数、残高の状態などによって異なります。
すべてのルールやシステムが統一されるまで待つのではなく、請求・支払を継続できる状態、月次決算を完了できる状態など、段階ごとに完了条件を決めます。
まとめ
M&A後の経理統合では、すべての業務を一度に親会社の方法へ変更する必要はありません。
まずは、請求、入金確認、支払、給与、経費精算など、事業を継続するための日常業務を止めないことが優先です。
そのうえで、次の7項目を段階的に整えます。
- 現在の経理業務を一覧にする
- 月次決算の締切と報告日を決める
- 勘定科目と管理項目の対応関係を整理する
- 基準日を決めて貸借対照表の残高を確認する
- 証憑と会計データの保存場所を整理する
- 支払・経費精算・承認の流れを明確にする
- 統合課題を一覧にして優先順位を決める
システムや形式の統一を急ぐのではなく、数字の根拠を確認し、親会社と買収先の双方が説明できる状態をつくることが大切です。
経理代行の料金は、取引件数、月次決算の範囲、過去残高の確認、業務整理などによって異なります。料金相場と費用の内訳については、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:経理代行の費用はいくら?料金相場と内訳を解説
経理代行サブスクサービス「まるまる経理」では、M&A後の日常経理、月次決算、残高確認、証憑管理、業務一覧や運用ルールの整理などを支援します。
公認会計士が業務設計と品質管理に関与し、親会社・買収先・外部支援者の役割を整理しながら、継続的に数字を確認できる経理実務の運用を整えます。実際の対応内容は、プランおよび契約範囲に応じて決定します。
