「IPO準備を始めたら、経理業務はすべて社内で行わなければならないのだろうか。」
「記帳や月次決算を経理代行へ依頼しているが、このまま上場準備を進めても問題ないのだろうか。」
IPO準備では、月次決算の早期化、会計処理の統一、業務手順の整備、監査対応など、経理に求められる業務が増えます。
その一方で、すべての経理作業を社内だけで処理しなければならないとは限りません。
証憑整理、仕訳入力、残高確認、月次資料の作成など、定型的な経理実務に外部支援を利用し、社内担当者が会計判断、承認、監査法人との協議などに集中する方法があります。
ただし、経理代行を利用しても、会社が経理業務を管理し、数字の根拠を説明する責任まで外部へ移るわけではありません。
この記事では、IPO準備企業が経理代行へ任せやすい業務、社内に残すべき業務、導入時に決めておきたい役割分担を解説します。
IPO準備だけでなく、資金調達や子会社の増加を含めて経理体制を見直したい方は、以下の記事をご覧ください。
合わせて読みたい:成長企業の経理体制|資金調達・IPO準備・子会社の増加に対応する方法
IPO準備中でも経理代行は利用できる
IPO準備中の会社でも、経理代行を利用することはできます。
重要なのは、外部委託の有無ではなく、会社が経理業務を適切に管理し、正確な財務情報を継続的に作成できる状態になっているかという点です。
日本取引所グループが公表するグロース市場の上場審査基準では、企業内容やリスク情報を適切に開示できることや、会社の規模・成熟度に応じたコーポレート・ガバナンスと内部管理体制が整備され、適切に機能していることなどが示されています。
経理業務の一部を外部へ委託していても、会社側が次の状態を維持できていれば、経理代行を活用しながら体制整備を進められます。
- 委託している業務の内容を把握している
- 社内の責任者と承認者が決まっている
- 会計処理の基準を会社側でも確認できる
- 作業記録や根拠資料が保存されている
- 外部委託先の成果物を社内で確認している
- 質問された数字について会社側が説明できる
- 問題が見つかった場合の修正手順が決まっている
経理代行へ作業を任せることと、経理業務を外部任せにすることは異なります。
経理代行へ任せやすい業務
IPO準備中でも、定型化しやすく、会社側の判断を必要としない作業は外部へ任せやすい業務です。
ただし、実際の対応範囲は契約内容や委託先によって異なります。
証憑の収集・整理
請求書、領収書、契約書、カード明細などを所定の保存場所へ整理する業務です。
経理代行へ任せる場合も、会社側では次の内容を決めます。
- 誰が証憑を提出するか
- どこへ保存するか
- いつまでに提出するか
- 不足資料を誰に確認するか
- 原本をどのように保管するか
経理代行が資料の不足を確認し、社内担当者へ連絡する流れをつくると、月次決算の遅れを防ぎやすくなります。
仕訳入力と会計データの作成
事前に決めた会計方針や処理ルールに基づく仕訳入力は、外部へ任せやすい業務です。
例えば、次のような取引が該当します。
- 毎月発生する家賃や通信費
- 法人カードの利用
- 通常の仕入や外注費
- 給与や社会保険料
- 定型的な売上
- 既存ルールに基づく経費処理
一方、新しい取引や重要性の高い取引は、既存の処理をそのまま当てはめず、会社側や専門家へ確認します。
預金・売掛金・買掛金などの残高確認
会計データと銀行明細、入金記録、請求書などを照合する業務も、経理代行へ任せられる場合があります。
具体的には、次のような作業です。
- 預金残高と銀行明細の照合
- 売掛金の入金消込
- 買掛金と支払予定の照合
- 未払金の確認
- 長期間動いていない残高の抽出
- 差額や不明残高の一覧化
ただし、差額の原因が契約条件や取引実態に関係する場合は、会社側の確認が必要です。
外部担当者が差額を発見し、社内担当者が取引内容を確認する流れを決めます。
月次決算資料の作成
経理代行が、仕訳入力や残高確認を行い、試算表や月次資料の作成を支援することもできます。
ただし、単に試算表を出力するだけではなく、次の内容を確認できる体制が必要です。
- 前月から大きく変動した項目
- 予算との差
- 未確定の取引
- 仮勘定や長期滞留残高
- 翌月に修正が必要な項目
- 経営判断へ影響する重要な取引
月次資料の作成を外部へ任せても、最終的な数字の確認や経営者への報告は会社側が主体となって行います。
支払データの作成
請求書をもとに支払予定表や振込データを作成する業務も、契約内容に応じて外部へ依頼できます。
ただし、支払先、金額、支払日を確認し、振込を最終承認・実行する業務は、会社側に残す運用が基本です。
作成者と承認者を分けることで、誤送金や不正のリスクを抑えやすくなります。
社内に残すべき業務
IPO準備では、日常的な作業を外部へ任せても、判断、承認、説明に関する業務は会社側に残します。
取引内容と契約条件の判断
経理代行は、提出された証憑や会社からの説明に基づいて処理を行います。
しかし、次のような事業上の判断を、外部担当者だけで行うことはできません。
- いつ商品やサービスを提供したか
- 契約上の義務をいつ履行したか
- 取引条件が途中で変更されたか
- 返金や値引きが発生する可能性があるか
- 関係会社や役員との取引に該当するか
- 一時的な取引か継続的な取引か
取引の実態を把握する営業部門や事業部門と、経理担当者が連携する必要があります。
重要な会計方針の決定・承認
売上を計上する時期、固定資産として扱う基準、引当金の計上方針など、重要な会計方針については、必要に応じて公認会計士などの専門家から助言を受け、会社が採用する方針を決定・承認します。
専門家は会計上の論点や選択肢を整理できますが、会社としてどの方針を採用するかの正式な決定・承認まで経理代行へ任せるものではありません。
決定した会計方針は文書化し、社内担当者と経理代行の双方で共有します。
支払・経費・仕訳の承認
経理代行が支払予定表や仕訳を作成する場合も、最終承認者は会社側に置きます。
特に次の項目は、承認者を明確にします。
- 高額な支払
- 新規取引先への支払
- 役員や関係会社との取引
- 通常とは異なる仕訳
- 決算整理仕訳
- 過年度の修正
- 見積りを含む会計処理
誰が、どの金額まで、何を承認できるのかを決めておくことが重要です。
監査法人や主幹事証券会社との協議
IPO準備では、監査法人や主幹事証券会社などの関係者と協議しながら体制整備を進めます。
日本取引所グループも、上場準備では監査法人や公認会計士の指導を受けながら決算体制を整備し、主幹事証券会社が社内体制整備に関する助言や引受審査などを行うと説明しています。
経理代行が作業内容や会計データについて補足説明することはできますが、次の対応は会社側が主体となります。
- 監査上の指摘事項への対応方針
- 主幹事証券会社からの質問への回答
- 改善事項の優先順位
- 会計方針の最終判断
- 社内規程や承認手順の決定
- 開示内容の決定
- 経営者による説明
会社側に、IPO準備全体を管理する責任者が必要です。
内部管理体制の整備と運用
業務フローや承認手順の作成を外部から支援してもらうことはできます。
ただし、作成したルールを実際に運用し、問題があれば改善するのは会社側です。
金融庁が示す内部統制の考え方でも、内部統制は経営者が整備・運用する役割と責任を持つ仕組みとして整理されています。
経理代行を利用する場合も、次の内容を会社側で確認します。
- 委託業務が決めた手順で行われているか
- 成果物を誰が確認しているか
- 誤りが発見された場合に修正されているか
- アクセス権限が適切か
- 担当者の変更時に引き継げるか
- 外部委託先への依存が大きくなっていないか
IPO準備中の役割分担例
IPO準備企業が経理代行を利用する場合は、作業、判断、確認、承認を分けて設計します。
| 業務 | 経理代行 | 会社側 | 専門家等 |
|---|---|---|---|
| 証憑の整理 | 保存・不足確認 | 資料提出・内容回答 | ― |
| 定型仕訳 | ルールに基づき作成 | 内容確認・承認 | 必要に応じて処理方針を助言 |
| 新規・複雑な取引 | 必要資料を整理 | 取引実態を説明 | 会計処理を検討 |
| 預金・債権債務の照合 | 照合・差額抽出 | 差額原因を確認 | ― |
| 月次資料 | 資料作成を支援 | 数字を確認し経営者へ報告 | 必要に応じてレビュー |
| 支払業務 | 支払予定・データ作成 | 最終承認・実行 | ― |
| 会計方針 | 既定の方針を処理へ反映 | 方針を決定・承認 | 専門的な助言 |
| 監査対応 | 根拠資料や作業内容を提示 | 回答方針を決め、主体的に対応 | 監査法人が監査 |
| 開示・IPO実務 | 原則として通常業務外 | 会社が主体 | 主幹事・専門家等と対応 |
この役割分担は一例です。
実際の範囲は、会社の人員、IPO準備の進行状況、監査法人や主幹事証券会社からの要請、経理代行との契約内容によって異なります。
経理代行を導入する時期
IPO準備が本格化してから、未処理の記帳や過去の残高をまとめて整理しようとすると、通常業務と体制整備が重なります。
次のような状態が見られたら、早めに経理業務の役割分担を見直します。
- 月次決算の完成が毎月遅れている
- 経理責任者が入力作業に追われている
- 残高の内容をすぐに説明できない
- 証憑や契約書が複数の場所に分散している
- 会計処理が担当者の判断に依存している
- 監査法人へ提出する資料の作成に時間がかかる
- 経理担当者の採用が間に合っていない
- 特定の担当者が休むと月次決算が止まる
日本取引所グループの案内では、上場申請までに申請直前2期間分の監査証明が必要になる点が示されています。上場準備の時期や必要な対応は会社ごとに異なりますが、決算体制の整備は余裕を持って進める必要があります。
創業期から組織化期まで、成長段階に応じた経理体制の変化については、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:スタートアップの経理体制|成長段階別に必要な業務と役割分担
経理代行を利用するときに決めたい5つのこと
1.委託する業務と委託しない業務
「経理全般」のような曖昧な決め方ではなく、業務単位で範囲を決めます。
例えば、
- 証憑整理
- 仕訳入力
- 残高確認
- 月次資料
- 支払準備
- 固定資産管理
- 監査資料の準備
などに分け、作業、確認、承認を誰が担当するかを決めます。
2.毎月の締切と成果物
月次決算の完成日から逆算し、資料提出、質問回答、仕訳作成、確認、承認の期限を設定します。
成果物についても、
- 試算表
- 残高一覧
- 未処理事項一覧
- 前月比較
- 証憑不足一覧
- 修正履歴
など、何を毎月作成するのかを明確にします。
3.会計処理の確認方法
定型処理と、確認が必要な処理を分けます。
新しい取引や重要な取引が発生した場合は、経理代行が独自に判断せず、会社側へ確認するルールを設けます。
確認した内容は、チャットだけで終わらせず、会計方針や処理ルールとして残します。
4.アクセス権限と承認権限
経理代行へ付与するシステム権限は、業務に必要な範囲へ限定します。
例えば、会計ソフトの入力権限は付与しても、銀行からの振込実行権限は付与しない方法があります。
担当者の変更や契約終了時に、アカウントや権限を削除する手順も決めます。
5.監査時に提示できる記録
IPO準備では、処理結果だけでなく、誰が作成し、誰が確認し、どの資料を根拠にしたのかを確認できる状態が重要です。
次の記録を残します。
- 作業者
- 確認者
- 承認者
- 処理日
- 根拠資料
- 質問と回答
- 修正内容
- 修正理由
経理代行を変更した場合でも、会社側に業務の履歴が残る運用にします。
経理代行を利用する際によくある失敗
外部委託先しか処理内容を分からない
経理業務を効率化できても、外部担当者しか仕訳や月次決算の内容を説明できない状態では、IPO準備に必要な体制とはいえません。
会社側でも、重要な処理と残高を確認できるようにします。
社内の責任者が決まっていない
複数の部署から経理代行へ直接依頼すると、情報が分散し、処理方針が統一されない可能性があります。
社内窓口と最終責任者を決めます。
月次決算の締切を経理代行だけに求める
月次決算が遅れる原因は、経理代行の作業だけとは限りません。
営業部門から契約情報が届かない、経費申請が遅れる、会社側から質問への回答がないといった場合もあります。
各部署を含めた締切を設定します。
業務を任せたまま確認しない
外部委託しても、成果物の確認は必要です。
毎月、残高、変動項目、未処理事項を会社側で確認し、問題があれば修正します。
経理代行とIPO支援を同じ業務だと考える
日常経理の運用と、IPO実務は異なります。
経理代行が対応する記帳、残高確認、月次資料などと、主幹事証券会社対応、開示書類、内部統制評価などを分けて契約します。
経理業務のブラックボックス化を防ぐ方法については、以下の記事で詳しく解説しています。
合わせて読みたい:経理の属人化を解消する方法
公認会計士の視点|外注の有無より管理できているかが重要
IPO準備企業が経理代行を利用する場合、外部へ任せている業務の量だけで良し悪しを判断することはできません。
重要なのは、会社が委託業務を管理できていることです。
例えば、仕訳入力を外部へ任せていても、会計方針が決まっており、根拠資料が保存され、会社側が重要な仕訳、月次残高、例外処理、未確定事項を確認し、問題があれば修正できる状態であれば、外部支援を活用しながら経理体制を整えられます。
さらに、担当者が変わった場合でも業務を継続できるよう、処理ルール、確認手順、作業履歴を会社側に残しておくことが重要です。
反対に、経理担当者を社内で採用していても、その人だけが処理内容を把握し、重要な取引や残高について確認・承認が行われていなければ、安定した体制とはいえません。
内製か外注かではなく、作業、判断、確認、承認、説明の役割が明確になっているかを確認することが大切です。
資金調達前の月次決算、資金繰り、予実管理については、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:資金調達前に整えたい経理体制|月次決算・資金繰り・予実管理の準備
よくある質問
Q1. IPO準備中は経理業務をすべて内製化する必要がありますか?
必ずしもすべてを内製化する必要はありません。
証憑整理、定型的な仕訳入力、残高確認、月次資料の作成などに経理代行を利用し、社内担当者が会計判断、承認、監査対応などを行う方法があります。
ただし、委託業務の内容を会社側が把握し、成果物を確認できる体制が必要です。
Q2. 社内に経理担当者がいなくてもIPO準備を進められますか?
外部支援を活用できる場合でも、会社側に経理業務を管理する責任者は必要です。
専任担当者をいつ配置すべきかは、会社の規模や準備状況によって異なりますが、取引内容の判断、承認、社内調整、監査対応を担う人を決める必要があります。
Q3. 経理代行を利用すると上場審査で不利になりますか?
経理代行を利用していることだけで、一律に上場審査で不利になるとは限りません。
ただし、会社側が業務内容を把握していない、数字を説明できない、外部委託先を管理できていないといった状態は、改善が必要になる可能性があります。
具体的な体制については、監査法人や主幹事証券会社などの関係者と確認しながら進めます。
Q4. 経理代行は監査法人からの質問に回答できますか?
経理代行が、自ら行った作業の内容や根拠資料について説明することはできます。
ただし、取引実態、会計方針、経営判断、改善方針などの回答は、会社側が主体となって行います。
監査対応全体を経理代行へ任せるのではなく、会社側の責任者と役割を分けます。
Q5. IPO準備を始めてから経理代行を導入しても間に合いますか?
導入できる場合はありますが、過去の残高整理、業務手順の確認、システム設定、担当者間の引き継ぎには時間がかかります。
監査や上場申請の直前に変更すると、通常業務と移行作業が重なる可能性があります。
現在の月次決算が遅れている場合や、経理責任者が入力作業に追われている場合は、早めに役割分担を検討します。
まとめ
IPO準備中でも、経理代行を利用することはできます。
経理代行へ任せやすいのは、証憑整理、定型的な仕訳入力、残高確認、月次資料の作成、支払データの準備などの実務です。
一方、次の業務は会社側に残します。
- 取引内容と契約条件の判断
- 重要な会計方針の決定・承認
- 支払や仕訳の最終承認
- 監査法人や主幹事証券会社との協議
- 内部管理体制の整備・運用
- 数字の根拠に関する説明
- 開示やIPO実務に関する意思決定
外部委託の有無よりも、委託業務を会社が管理し、数字を説明できる状態になっているかが重要です。
経理代行の料金は、記帳件数、月次決算の範囲、残高確認、業務マニュアルの整備などによって異なります。料金相場と費用の内訳については、以下の記事で解説しています。
合わせて読みたい:経理代行の費用はいくら?料金相場と内訳を解説
経理代行サブスクサービス「まるまる経理」では、日常経理、月次決算、残高確認、証憑管理、業務ルールの整備など、IPO準備の土台となる経理実務の運用を支援します。
公認会計士が業務設計と品質管理に関与し、会社側に残す判断・承認業務と、外部へ任せる定型業務を整理します。実際の対応内容は、プランおよび契約範囲に応じて決定します。
